轍 〜自転車的なる日記〜

「趣味を仕事にしてはいけない」とよく言われる。いくら好きなことであっても仕事になるとそれなりに厳しい面があったり、売れることを考えなければならないので純粋に楽しめなくなる。だからこそ「趣味は趣味で取っておけ」と言われるのである。一方で「趣味が高じて・・・」という考え方もある。趣味と仕事が一致して最高の人生を送っている人も世の中にはいる。

趣味が仕事になるのか、仕事が趣味になるのか、それはニワトリが先か卵が先かという議論と同じでよくわからない。少なくとも今の僕は仕事が趣味になってしまっている。仕事が面白くてたまらない。他の何やってる時よりも仕事してる時が一番楽しい。最近何もやる気が起こらない理由の本質はここにあったのだ。つまり仕事より他に面白いものを見出せないでいるのだ。

これは一見幸せな状況のようだが、実は不幸なのかもしれない。僕がサラリーマンだった頃、この世で一番嫌いなものが仕事だった。毎日毎日何の喜びもない仕事をして、時間だけが無為に過ぎていった。僕にとって会社とは人生の墓場そのものであった。そして会社への不満、憎しみ、怒りが趣味という形で爆発した。仕事には何の喜びも見出せないのなら、その代わりに趣味に喜びを見出したのである。そしてHPや写真にのめり込み、怒りのエネルギーのすべてをぶつけた。その結晶が前サイトである。そこには会社では何の価値もない自分に別の価値を与えたかったのである。

そして会社を辞めたらHPも写真も一気にやる気がなくなった。趣味に走らせていた原動力は会社に対する不満、憎しみ、怒りであったことが今になってはっきりとわかる。それがなくなった今、趣味に対するエネルギーが急速にしぼんでいる。何をやっても盛り上がらない。仕事より面白いものが見出せない。これが幸せな状況と言えるのだろうか?

人生とはつくづくわからないものである。
東北旅行の写真が仕上がったので取りに行ってきた。ポジが4本だけと少ない。
期待はしていなかったが、一度見たら二度と見ないような写真ばっかり・・
完全にやる気なし。こんなつまらない写真撮るために行ってたのかと思うと情けない。

ここまでやる気がなくなったのはすべてデジカメの所為としか言いようがない。
デジカメならばその場で結果を見ながら何度でも撮り直しが利く。
どんなド素人でも数撃ちゃ当たる。そこには一発勝負の緊張感はどこにもない。
三脚を据え、露出を決め、ピントを合わせ、息を殺してシャッターチャンスを待つ・・・そんなに気合いを入れて写真を撮ることが「アホらしく」なってきたのだろう。
すべてが安易にお手軽に流れる時代、誰にでもできることをやっても面白くも何ともない。

以前のように写真を撮って発表することもない。
完全に動機が失われている。
普通の風景写真など撮る気もしない。
これからどんな方向へ進んで行けばよいのだろう?

デジカメがメモに過ぎない時代は良かった。
今のデジカメは越えてはならない一線を越えてしまった。